お薬の時間です

「お薬の時間です。」

携帯が揺れた。プッシュ通知が画面に表示される。

 

毎日きまった時間に服用する必要のある薬を飲み忘れないように、アプリを入れている。

床にころがっていた2リットルのペットボトルを一息にあおった。錠剤を水で流し込み、そのままごろりとソファーに横たわって目をつむる。

おそろしい夢をみるか、しあわせな夢をみるか、そのどちらでも心臓を大きく波打たせて混乱のうちに起床することに変わりはない。眠りが浅いので夢を見ないということはない。夢の内容はいつもおぼろげにしか思い出せない。

朝、意識が浮上した瞬間に、バクバクバクッとおもしろいくらいに動悸がする。しっかり「目覚めなければよかった」と思う。すがるような思いでじっと動かずにいると、おおよそ1時間ほどで波は引いていく。毎日がこの繰り返しだ。

3月に大学を卒業する。就職先は未だ決まっていない。病気が原因なのであって、きみが悪いわけではないよと自分に必死に言い聞かせている。それでも空白の期間ができてしまうことが不安でたまらない。

基本的には、不安でたまらないことを自分に気取られないようにつねにいたって平気なふりをしている。けれど体は正直だ。動悸はいつも予期せぬタイミングで、「大将、やってる?」とでもいうようにひょっこり顔を出す。

動悸や身体にあらわれる諸症状をおさえるためには薬を飲まなければいけなくて、薬をもらうためには病院に行かなければいけなくて、病院に行くためには外出をしなければいけなくて…。気力を使うしお金もかかる。死なないためのお金を死ぬ思いで捻出しなければいけないのはどういうわけだろう。世界七不思議。いいえ、ファッキン資本主義。

毎日求人をチェックしている。明後日には面接が控えている。けちったせいでサイズの微妙に合わないスーツを着て、人のぎゅうぎゅうに詰まった電車に乗って、社会の一員みたいな顔をして、「ちゃんとした人」みたいな顔をして、質問の答えや志望動機をもにょもにょ唱える。たぶん噛みまくるうえにぜんぜん要領を得ないだろう。わたしのことはわたしがいちばんよくわかっている。

いなくなりたい。はやく死にたい。本が読みたい。映画をみたい。もっともっと勉強がしたい。自分の言葉を獲得したい。

 

「お薬の時間です。」

通知が表示される。

唇がへんに歪んだ。